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雑談

才を認め否定する。

先週日曜にて、3年間に及ぶバイト生活は終了しました。
辛かった(バイト自体は辛くないが休日がないあたり,GW・正月・お盆など)がやめずに
続けたことは評価できる。総収入は300至らずと言ったところだ。
結果、私は運命を変えたことになる。
親は都立しか行かせないと言っていたが無理を言って私立に入学した。
本来私立はお金の問題で行くことは不可能であったが、
バイトをすることでお金を捻出し、それは不可能であった運命を変えたということです。
今では院にまで手が届くほどまで来ました。
そもそも勉強しまくって都立入れってとこですが




才能の話をしよう。

才能というのは確実に存在する。
科学的に考えて当たり前だ。遺伝子が違うんだから。
だからといって負けたくないのです。
あの人ができるのに自分ができない?
何をどう頑張っても絶対に抜けない?
そんなのつまらない。限界なんてあってたまるか。
では凡人はどうすればいいのか?

努力。

本当は才能なんて微かな差で、
努力で補えるなら、
その努力の伸びしろが大きいものだとしたら。

これは根拠ない仮定。だが私は信じてやまぬ。




実際才能あるな。と思う人はすごい努力してる。
本当に才能なんて微かなのかもしれない。
頑張ってる人には何も言えないよ。

逆に

あの人は才能あっていいな。自分にも才能があればいいのに

と言ってる人は許せない。
その才能は努力によって得たものだったなら、本人は悲しくなるよ。
ただ頑張った人がその才能の格差を知ったのなら許せる。
そして自分の努力の伸びしろを捨て切っているのも気に入らないところ。




しかし努力しすぎはよくないと知った。
適度に。しかし誰の下位互換でない生き方を。




才能というのは身体能力に限らず、
親の経済力や初期成長環境など自分にはどうしようもないことの総称。
特にお金不足は選択肢に大きな制約がかかるので
あの人はできるのに自分はできない…となり、大嫌いで、抵抗したくなる。


>くろさん
 少なくとも私の技術は私が苦労して精錬してきたものだ。否定はさせない。
 もちろん数々の偶然が、環境が発破点となったわけだが。

 この理論破綻してるも同然で自分でもわかってる。
 才能はあるし、天才が努力したら絶対勝てるわけがない。
 でも否定しなきゃいけない。どうでもいい分野は負けても何も思わない。
 でも絶対に捨てられない、今頑張っている分野を
 どんなに努力しても絶対に抜くことができないなんて思いたくない。
 折れれば、脇道すらなければ個が破綻することになる。
 それが可視化できたのならやる気なんてあったもんじゃない。
 
 「伸びしろを捨て切った」件に関しては、今でも「伸びしろを捨てた」ものと考えている。
 頑張れば伸びた部分だからね。ここはネガティブなイメージではないよ。
 かつ「より自分にとって価値のある事に時間を使う事にした」で賛同する。
 これは「別の技術の伸びしろを増やし始める」・別理論「人生を楽しむこと」で理解できる。
 
 「才能が無い人は全員ネガティブに考える」というのは誤解だね。
 努力せずに「あの人みたいな才能がほしいなー」と"発言"する人を嫌ってるわけで
 才能なんかに甘えず、自分らしく生きている人を否定はしないよ。


 最後みると黒さんよくわかってるな。
 ちょっと鼻につくけど
Commented by 黒ニロ at 2012-05-20 19:45 x
では君は少なくとも、自分で持っている技術はほとんどが努力で得た物と思っている訳だね?

あまりふざけた事は言わない方がいい。
少なくとも僕の父とその兄弟は君よりずっと努力していて(性格はねじ曲がっているけど)、それでいて努力に見合った結果が貰えていない。

実感が湧かないかもしれないが、才能のある人はスタート地点より後ろの状況を正確に認知できない。つまり、レベルの低い人がどうして低いのかが分からない。
自分が持っている技術の中で他人に指導できない物があれば、その境界が自分の才能によるアドバンテージ。君はどこからが自分の才能かきちんと把握してるのか?

才能はアドバンテージだけじゃない。環境や身体的な能力は元より、努力が反映される割合も先天的なものだ。
才能は努力で穴埋め出来る? それは絶対にあり得ない。凡人の努力の効率と才能を持つ人の努力の効率は違う。先進国と発展途上国でトレーニングを受けているサッカー選手の能力だって全然違うじゃないか?
どうも君が言う「努力」には濃度の概念が無いようだがね。
Commented by 黒ニロ at 2012-05-20 19:45 x
確かに「お前は努力していない」と人に言うのは指摘と悪口の両方になりうる。
しかし君が言うとおり、この世で努力できる時間は限られている。すると物理的に技術の上限も決まってくる。
努力の結果限界を感じて向上を諦めてしまった人は、「伸びしろを捨てきった」のではない。「より自分にとって価値のある事に時間を使う事にした」んだよ。
才能が無い人が全員ネガティブに考えるとか思うな。

故に、「才能は僅差でしかない」という前提自体が間違っている事が証明された。
才能は確かに存在し、その差は限界なく広がりうる。

最後に付け加える。
努力を続ける精神力も事実上は先天的なものなのだが、これを才能で片づけてしまうのはあまりに悲しい。なぜならその精神力があらゆる技術において一番伸びしろが大きい部分だから。
by purqle | 2012-05-20 01:37 | 雑談 | Comments(2)

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